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ポスト大震災を描く「バラカ」はパラレルワールドとは思えない

桐野夏生の「バラカ」(上下)を読了。久しぶりに桐野作品を読んだけど、恐ろしいほどの負のエネルギーで、最後まで息をつかせない。胸くそ悪くなるような日本社会を描く作品だと思うけど、京アニの事件で人間の悪意をこれでもかと見せつけられただけに、正直パラレルワールドに思えない。

 

設定は東日本大震災で4基の原発が完全にメルトダウンし、放射能汚染で東日本がほぼ放棄されている日本。主人公のバラカは日本人でありながら、赤ん坊の頃にドバイに人身売買で売りに出される。結果、日本に戻ってくるのだが、震災に遭い、被災地で偶然発見されて育てられるまでが前半。後半は震災後、甲状腺ガンを克服し、成長したバラカが震災後の反原発組織や政府のプロパガンダに巻き込まれていく話。

 

登場人物がおおむね悪人というのが本書の特徴ではあるが、悪人と言うより、わがままで自己本位なのだ。結婚しないで子どもをほしがる沙羅、エリートの割に沙羅の人身売買に協力する優子、そして二人の間にいながら女性を卑下し、沙羅と優子の二人をはじめ周りの人間をことごとく不幸にたたき落としていく川島のほか、バラカの周りにいる人間も結局自分のことだけしか考えておらず、他を認めない偏狭的な人間ばかり。政府反政府、原発対反原発SNS対反SNS、外国人対日本人、産む女性対未婚女性、男性対女性などさまざまな対立構造で争い続け、排斥しあう。でも、これって今の社会でも同じでは?

 

そして、これら個性豊かな登場人物は、交通事故、自殺など実にくだらない死に方をしていく。邪魔な思想を排除する公権力は後ろにいて見えないのだが、誰かをかばって死ぬとか、理想や大義のために死ぬとか、戦いの末に死ぬといったことはまったくなく、悪意を抱え、まき散らしながら、あっさりと死んでしまうのだ。悪の権化のような川島でさえ。ここらへんがリアルと言えばリアル。

 

正直、主人公のバラカも不思議な経歴と容姿を持つだけで、後半では普通の10歳の子ども。大人を簡単に信じてしまい、不幸な目に遭い、行動も後先考えないので、サバイバル能力に欠けている。別に特出した才能をはじめとするもっているわけでもないという点ではヒロインというには程遠い。

 

ということでヒーローでも、ヒロインでもない自己愛にあふれた人たちが、大災害と不条理な時代を衝動的にサバイブしていく小説としか言いようがない。だから、帯のコピーは本書の一部を指し示しただけに過ぎない。確かにデストピア小説だけど、ここまで人々の精神が荒廃してしまったのは大災害のせいだけなのだろうか。あくまできっかけで、われわれの今生きる現代社会もこうした精神荒廃は確実ぬ進んでいる。

 

だが、ここまで言っておいて圧倒的なカオスに魅せられるのもまた事実。実際、まったくページをめくる手が止まらなかった。

 

バラカ 上 (集英社文庫)

バラカ 上 (集英社文庫)

 
バラカ 下 (集英社文庫)

バラカ 下 (集英社文庫)