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清国史が沼だった件

 子供の頃の私の自慢は、夏休みに書いた読書感想文が県で入選したことだ。いまライター・記者という仕事についているのも、「ひょっとして自分は文章書くの上手かも!」と勘違いしたせいだったりするので、子供の時のこの手の出来事は意外と人生に影響を与えるものだ。そしてもう1つの影響が、このとき読書感想文で書いた「やさしい中国の歴史」という本である。この本と横山光輝三国志が、中国史大好きという私を生み出している。もちろんキングダムも大好きだ。そんな私がいまさらのように清国史にはまったという話、そして読んだ本のレビューである。

 

 きっかけは先月行ってきた東洋文庫ミュージアムの「大清帝国展」。決して大規模なわけではないが、清朝歴代皇帝ゆかりの文書や所蔵品が展示されており、近代から現代へ移りゆく時代のダイナミックさに大いに感銘を受けた。百年ちょっと前にあった王朝なので、香港の返還など歴史がいまもつながっている。

 

www.museum.or.jp

 

 中国の歴史は人口という点で大多数を占める漢民族と、その他の異民族との戦いの歴史にほかならない。そしてマジョリティである漢民族が必ずしも最強というわけではなく、歴史的に異民族の脅威をつねに受け続け、何度も漢民族以外の征服王朝が誕生する。モンゴル帝国の元がもっとも知られた征服王朝だが、清も人口の少ない満州民族がモンゴル民族とタッグを組んで漢民族を支配するという征服王朝であった。満州全土を制圧した初代ヌルハチホンタイジに続き、三代目の順治帝は壁を越えて、明国を滅ぼした李自成を破って北京に入城。いよいよ中国国家として君臨する。

 

 弁髪を強要したという点では支配的なイメージを持つ清国だが、少ない人数で広大な領土を納めるのは無理があるため、科挙や宦官など中国の歴代王朝の統治システムをそのまま踏襲しつつ、地方政府に大きく依存した。乾隆帝までで清国は中央アジア、台湾、ソ連の一部までを含む領土を確保するに至る。また食料事情の改善で人口は四億人を超え、世界最大の統一国家となる。

 

 しかし、ヨーロッパを中心とする列強が侵出する清の後期にはこの巨大国家に陰りが見え始める。日本史にも関わってくるため、多くの人は西太后の台頭やアヘン戦争あたりから清について認識するのではないだろうか。そして清国の歪みが一気に吹き出した内乱が太平天国の乱。大清帝国展のあとの私の読書もこの太平天国の乱からスタートする。

 昨年末に出たばかりのこの「太平天国ー皇帝なき中国の挫折」は、2000万人の死者が発生したという内乱の一部始終を解説しているドキュメント。科挙に失敗し、客家として差別されてきた洪秀全が、キリスト教と出会い、同じ境遇の仲間を引き連れ、南京に政府を作っていくまとの過程を丹念にひもとき、なぜここまで大きな勢力になったかを検証する。洪秀全という精神的支柱とキリスト教もどきの教義をうまく利用した楊秀清というリーダーの存在が大きい。

 

 結局、洪秀全と楊秀清で主導権争いになり、曽国潘の湘軍、李鴻章の淮軍といった民兵組織の粘り強い戦いの末、南京は陥落するのだが、鎮圧までに14年もかかる。「滅満興漢」を掲げて満州民族を否定し、漢民族を勃興させるというナショナリズム的な思想は、あとで出てくる孫文にも大きな影響を与えることに。太平天国での内ゲバのさまがなんだかガンダムジオン公国を見ているようだった。

 

 続いて読み進めたのが、その太平天国を倒した清の中興の忠臣である同じく岩波新書の「李鴻章」になる。

 

 李鴻章と言えば日清戦争で敗北する北洋艦隊の総帥として知られているが、清末期においては国を一身に背負っていた大人物。太平天国を倒した軍人でもあり、洋務改革を推し進めた政治家でもあり、上海や天津の都市と産業を興した実業家でもある。

李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)

李鴻章――東アジアの近代 (岩波新書)

  • 作者:岡本 隆司
  • 発売日: 2011/11/19
  • メディア: 新書
 

 太平天国を倒す義勇軍である淮軍を興した李鴻章だが、もともとは師匠の曽国潘と同じ科挙出身の進士。つまり、軍人ではなく、実際に曽国潘とともに何度も太平天国に手痛く破れている。しかし、曾国藩と違うのは、上海の防衛に力を尽くし、地盤を置いたことで「常勝軍」と呼ばれる外国人部隊と連携したり、地元利権を得ることで義勇軍である淮軍の懐を潤したこと。太平天国や捻軍滅亡後も湘軍を解散した曽国潘に対して、淮軍を維持し、さらに北洋艦隊まで作った。残念ながら日清戦争というより、日李戦争とも言える戦いで淮軍や北洋艦隊は壊滅してしまうのだが。

 

 語学にも堪能で、海外からも一目を置かれる外交のプロであり、北京の入り口である天津を拠点に中央政府とほぼ独立した権限で、列強との交渉を受け持っている。「蒼天の昴」(浅田次郎)ではイギリスとの香港の交渉を、割譲ではなく、99年租借という形にまとめるまでの熱いやりとりが見どころ。最後は義和団の乱の文字通り尻拭いをして世を去るのだが、清国を打倒する力を持ちながら、最後まで一家臣として国に尽くす忠臣というところが日本人好み。負けキャラ感が強い教科書のイメージを一気に変える大人物の極太な生き方に胸が熱くなる。

 

 そして、李鴻章の直隷総督・北洋大臣という役職を引き継ぐのが清国にとどめを刺すことになる袁世凱だ。

袁世凱――現代中国の出発 (岩波新書)

袁世凱――現代中国の出発 (岩波新書)

  • 作者:岡本 隆司
  • 発売日: 2015/02/21
  • メディア: 新書
 

 師匠の李鴻章やその師匠の曽国潘と異なり、科挙を通った進士ではなく、生粋の軍人というのが袁世凱の出自。朝鮮の駐留部隊で功績を挙げた袁世凱で、日清戦争でもうまく戦いを避けて自身の新軍を温存し、戊戌の政変では変法派を裏切って、西太后による粛正を呼び込んでいる。こうした変わり身の速さもあり、結局は西太后の死後にキャスティングボードをにぎり、清国に引導を渡し、北洋軍閥のトップとして、中華民国大総統にまで上り詰めた。皇帝を名乗り、総スカンを食うと言う意味で、最後は三国志袁術のようなのだが。

 

 李鴻章に続いて袁世凱を書いた岡本隆司さんの本だが、そもそも著者が袁世凱自体をあまり好きじゃないらしいw(fromあとがき) 孫文の革命を腰折ったこと、皇帝を名乗ったこと、なにより日本の対華二十一箇条を受け入れたことで、本国でも人気がないようだ。決して上司の李鴻章から評価されていたわけでもなく、「蒼穹の昴」では暗殺まで仕掛けられている。とはいえ、李鴻章亡き後、中国を引っ張れるのが「ストロングマン」と呼ばれた袁世凱しかいかなったのも事実と言える。

 

 そんなこんなで新書を読みあさり、続いていまは「蒼穹の昴」の沼へw ひととおり歴史背景を押さえているし、新書の人物が生き生きと物語のキャラクターとして息づいているので、楽しくて止まらない。その感想はまた別の機会に。